大島村は、肥前風土記に『大家島』と記されている。島のいたる所で縄文式や弥生式土器、曲玉に青銅

手鏡・貝塚などが出土され、歴史は古いものと思われる。 また、帆船による遣唐使や遣隋使が寄港し食料

や水の補給をしている。(的山に朝鮮井戸がある。)   江戸時代に入ると井元氏による捕鯨が盛んとなり、

大島は賑わったという。 現在でも、鯨の骨が見られる。明治11年には、郡制が施行され北松浦郡に属し

大島村と的山村に編成された。明治22年4月まで大島村と的山村として戸長が2人おかれた。

明治22年4月、村制施行により大島村と的山村が合併し大島村となる。

『大島村歴史資料館』に出土品は展示している。       問合(平戸市役所大島支所  0950(55)2511)

 

 

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